14. マディヤ・プラデーシュ州(5/5-5/7視察結果)
「化学事故の傷跡の残る・ボーパール」
■ 地域情報
GDP: 3.29% (12th) of Total GDP
面積: 308,000 平方キロメートル (9.37% )
人口: 25,353千人 (17th / 2.09%)
州都: Bhopal
主要言語: Hindi

マディヤ・プラデーシュ州は、インド亜大陸のほぼ中央に位置する州である。インドの州で、二番目に大きな面積を有する州であり、2000年にチャッティースガル州が分離するまでは国内最大の面積を占めていた。州の人口の約75%が農村地域に暮らし、農業は州を支える重要な産業である。
右上マップの赤色の部分がマディヤ・プラデーシュ州で、青枠で囲んでいるいる州が、現在のチャッティースガル州である。
■ 現地視察レポート(Bhopal)
2012年5月5日~5月7日、 マディヤ・プラデーシュ州の州都・ボーパールを視察した。

ボーパール市街は、市の中央に位置する湖により二つに分けることができる。湖より北側は旧市街で、南側は新市街である。ボーパールの人口の約40%がイスラム教徒であり、イスラム教徒の多くは旧市街で生活している。一方で、新市街は、旧市街に比べてより近代的で、広い道路、ショッピング街や中・高級ホテルが集まる場所である。
(1) 旧市街(北部)
旧市街は、大通り沿いに、レストラン、ホテル、飲料等を販売している雑貨屋、その他工具や小型機械等を販売している店が並ぶ。店の種類は限定的である。



(2) 新市街(南部)
新市街の商店街は、旧市街と比較して、アパレルや宝石関連のお店が多い。他のインドの都市と同様に、新市街は旧市街と比べて道幅が広く、自動車・バイク等の交通も比較的、余裕がある。



(3) 化学事故現場周辺
1984年12月3日に米国企業のユニオンカーバイド・ボーパール工場から毒ガス(MIC)が流出し、工場周辺の町に広がる事件が発生した。有毒ガスは北西の風に乗り、ボパールの都市へと流れていった。
工場の近隣がスラムであったこと、また事件当夜の大気は対流が起きずに有毒ガスが拡散せず滞留したため、夜明けまでに2000人以上が死亡、15万から30万人が被害を受けた。その後、数箇月で新たに1500人以上が死亡するなど被害は拡大し続け、最終的にはさまざまな要因で1万5000人 – 2万5000人が死亡したとされる。大規模な化学事故として記憶された。

詳細は、以下のウィキペディアを参照されたい。
ボパール化学工場事故
ユニオンカーバイド工場があった場所の周辺を視察した(工場自体は、1994年にインドのバッテリー工場に売却)。
工場の周辺地域はスラム地域であり、石の敷き詰められた道路の脇に住居が並んでいる。

ユニオンカーバイド工場の跡地。現在は、閉鎖されており、使用されている様子はない。


[視察を終えて]
マディヤ・プラデーシュ州は、インドの州・直轄領35地域の中で、一人あたりの年間所得が下から4番目と、インドの中でも貧しい州である。州都・ボーパールにおいても、新規開発中のビルやオフィス、中間所得層をターゲットとした小規模のショッピング街のようなものが少なく、街にも物乞いの人々が散見される。経済発展のスピードは遅れている印象を受けた。なお、看板や庶民的なレストランのメニューには英語の表記はなく、街として英語に対する必要性が少ない地域との印象を受けた。主要言語が、ヒンディー語でもあるため、インド国内からの投資や人の移動が主流の街なのであろう。
また、1984年におきて化学工場事故の傷跡が肉体的・精神的な面でいまだ癒されておらず、化学工場跡の周辺地域では、一人の少年が石をこちらに向けて投げてきたり、バイクで通り過ぎる若者が、現地語で何かをこちらに向かって吐き捨てるように去っていく出来事があった。外国人に対する敵意のような感情を地域住民が持っているのではとの疑念を抱くようなこともあった。
[追記 (2012年5月31日)]
2012年5月下旬のThe Times of Indiaにて、ボーパール化学事故に関連する記事が載った。同工場にまだ残存する廃棄物の処理を巡って、現在、ユニオンカーバイドの親会社にあたる米国ダウケミカルに対して、その廃棄物処理費用の負担を請求する訴訟が行されているとのこと。いまだ化学工場事故の処理が完全には解決されていない。

